高額療養費制度が「自分ごとにならない」本当の理由
高額療養費制度は、
医療制度の中でも「かなり手厚い制度」です。
- 医療費が高額になっても
- 自己負担には上限があり
- 申請すれば払い戻される
制度としては、決して悪くありません。
それなのに――
この制度は、驚くほど関心を持たれません。
説明しても読まれない。
動画にしても伸びない。
「大事ですよ」と言われても、どこか他人事。
なぜ、高額療養費制度は
ここまで「自分ごとにならない」のでしょうか。
理由①「今すぐ使わない制度」は想像できない
人は基本的に、
- 今日困っていること
- 今月の支出
- 目に見える不安
にしか、強く反応しません。
高額療養費制度は、その真逆です。
- 病気になる前提
- 高額な治療を受ける前提
- しかも、起きない可能性の方が高い
つまり、
想像したくない未来の話なのです。
結果として、
まあ、いざとなったら調べればいい
今は関係ない
と、脳が自動的に距離を取ります。
理由②「結局いくらなのか」が直感的に分からない
高額療養費制度の説明で、
多くの人がここで思考停止します。
- 所得区分
- 自己負担限度額
- 多数回該当
- 世帯合算
言葉が悪いのですが、
説明がとにかく面倒くさい。
しかも、
- 病院で払う金額
- 後から戻る金額
- 実際の負担額
が一発でつながらない。
この「分かりにくさ」が、
制度への関心を一気に奪います。
理由③「怖い話」として扱われがち
高額療養費制度は、
多くの場合、こんな文脈で語られます。
がんになったら
大きな病気をしたら
医療費がとんでもないことになる
つまり、
恐怖を前提にした説明です。
でも人は、
- 不安を煽られすぎると
- 逆に目を背ける
という性質があります。
これは、保険の営業トークが
敬遠されがちなのと同じ構造です。
理由④「払った実感」がない制度だから
高額療養費制度は、
健康保険料の中に含まれています。
- 追加で払っている感覚がない
- 利用しなくても返ってこない
- 明細にもはっきり出ない
結果として、
ありがたい制度
というより
よく分からない仕組み
という印象のまま放置されます。
人は、
自分で選び、自分で払ったものにしか
本気で関心を持ちません。
理由⑤「本当に困る人ほど調べられない」
皮肉なことに、
高額療養費制度が一番必要になるのは、
- 病気で体力が落ちているとき
- 精神的にも余裕がないとき
- 判断力が下がっているとき
です。
つまり、
一番調べられないタイミングで必要になる制度
なのです。
事前に知っていなければ、
そのまま「知らずに損する」ことも起きます。
それでも「知っておく価値」がある理由
高額療養費制度は、
- 使わないなら、それでいい
- 使うときは、人生の非常時
という制度です。
だからこそ、
- 完璧に理解する必要はない
- ただ「存在」と「大枠」だけ知っておく
それだけで、
いざという時の判断が変わります。
高額になっても
無限に払うわけではない
この一点を知っているかどうかは、
精神的な負担を大きく左右します。
「自分ごとにならない」は、悪いことではない
最後に。
高額療養費制度が
「自分ごとにならない」のは、
ある意味では健全です。
- 大きな病気をしていない
- 今は医療費に困っていない
という証拠でもあります。
ただし、
知らなくていい
と
知っておかなくていい
は、別です。
おわりに
高額療養費制度は、
普段の生活を良くする制度ではありません。
人生が揺らいだときに、下から支える制度です。
だから派手さもないし、
関心も集まりにくい。
でも、
「自分には関係ない」と思っていた人ほど、
いざというときに戸惑います。
このnoteが、
制度を覚えるためでなく、
思い出すためのフックとして
どこかに残れば、それで十分です。
