人は『安心できる嘘』を選び、『不安になる真実』を避ける
人は、
正しいことを知りたいと思っています。
しかし同時に、
安心できることを知りたい
とも思っています。
そしてこの二つは、
必ずしも一致しません。
むしろ多くの場合、
安心できる情報は単純で、
真実は不安を伴います。
「安心できる説明」は、いつも分かりやすい
たとえば、
- この保険に入っていれば安心です
- 老後は2,000万円あれば大丈夫です
- 年金だけでは生活できません
こうした言葉は、
非常に分かりやすい。
そして、
安心感を与えます。
しかし、現実はもっと複雑です。
- 保険が本当に必要かは人による
- 必要な金額は生活によって変わる
- 年金で生活できるかどうかも人による
本当の答えは、
一つではない
のです。
真実は「安心」ではなく「不確実性」を含んでいる
現実のお金の問題には、
- 絶対
- 必ず
- 確実
という言葉はほとんど使えません。
- 将来の物価は分からない
- 健康状態も分からない
- 寿命も分からない
つまり、
完全な安心は存在しない
これが真実です。
しかし、この真実は
安心を与えません。
むしろ、不安を生みます。
人は、不安より安心を優先する
これは弱さではなく、
人間の自然な性質です。
不安は、
- 疲れる
- 判断を難しくする
- 行動を止める
だから人は、
安心できる説明
を求めます。
たとえそれが、
完全に正確でなくても。
「単純な答え」が選ばれやすい理由
複雑な説明より、
単純な説明の方が
受け入れられやすい。
- これをやれば大丈夫
- これは危険だからやめた方がいい
こうした言葉は、
考える必要がありません。
判断を委ねることができる。
しかし、
現実のお金の問題は、
単純ではありません。
単純な答えほど、
現実から離れていることがあります。
不安になる真実は、「自分で考えること」を要求する
真実は、
安心を保証しません。
代わりに、
- 状況を理解し
- 自分で判断し
- 必要に応じて修正する
ことを求めます。
これは、
安心できる説明より、
負担が大きい。
だから人は、
安心できる説明に
引き寄せられます。
安心は、「正しさ」とは別のもの
ここで重要なのは、
安心できることと、
正しいことは、
必ずしも一致しない
ということです。
- 安心できるが、現実とズレている場合もある
- 不安になるが、現実に近い場合もある
安心感は、
真実の証拠ではありません。
不安を受け入れた人だけが、現実に適応できる
お金と長く付き合うために必要なのは、
完全な安心ではなく、
不安を受け入れる力
です。
- 完璧な答えはない
- 状況は変わる
- だから修正し続ける
この前提に立つことで、
お金は
「恐れるもの」から
「扱えるもの」に変わります。
おわりに
人は、
安心できる嘘を選び、
不安になる真実を避けます。
それは自然なことです。
しかし、
安心だけを求め続けると、
現実から目を背けることになります。
本当に必要なのは、
安心を信じることではなく、
現実を理解すること
です。
安心は、
真実を理解した後に、
結果として生まれるものです。
順番を間違えなければ、
お金は、
過度に恐れる対象ではなくなります。
