「保険に入って安心したつもりの人」ほど危ない
保険の相談をしていると、
よく聞く言葉があります。
保険には入っているので、大丈夫だと思います
一見すると、
とても堅実で、用心深くて、
「ちゃんとしている人」の発言に聞こえます。
しかし、実務の現場で見る限り、
一番トラブルに近いのは、このタイプです。
なぜ、
「保険に入っている人」ほど危なくなるのか。
今日はその理由を整理してみます。
安心の正体は「理解」ではなく「気分」
まず前提として。
多くの人にとって、
保険加入はこういう体験です。
- 勧められる
- なんとなく不安を煽られる
- とりあえず入る
- これで安心、と思う
ここで得られているのは、
保障の理解ではなく、
不安が一時的に下がったという感覚です。
安心した気分になること自体は、
決して悪いことではありません。
問題は、
その安心が「思考停止」を生むことです。
「何に対しての保険か」を説明できない
危ない人の共通点があります。
それは、
自分の保険が
何のリスクに備えているのか
うまく説明できない
という点です。
- 病気?
- 死亡?
- 収入減?
- 老後?
全部に備えているような気がする。
でも、実際は違う。
保険は、
全部を守る道具ではありません。
にもかかわらず、
「入っている=万全」という誤解が生まれます。
保険は「使えないとき」に本性が出る
保険の怖さは、
使う場面になって初めて見えてくる
という点にあります。
- 条件に当てはまらない
- 思ったより給付が少ない
- そもそも対象外だった
こうした話は、
決して珍しくありません。
それでも、
保険に入っていたのに…
という落胆だけが残ります。
これは、
保険が悪いのではなく、
加入時に理解されていなかった
という問題です。
「保険があるから大丈夫」が生活設計を歪める
もう一つ、深刻な影響があります。
それは、
保険があるから
貯蓄はそんなに要らない
何かあっても
保険で何とかなる
という思考です。
この考え方が危ない理由は、
保険がカバーするのは
人生の一部のリスクだけだからです。
- 生活費の不足
- 介護の長期化
- 物価上昇
- 想定外の出費
これらは、
保険ではほとんどカバーできません。
保険は「万能」ではなく「補助輪」
ここで、
保険の位置づけを一度整理しておきます。
保険は、
- 人生を走る自転車そのものではない
- 転倒を完全に防ぐ装置でもない
補助輪に近い存在です。
- あると安心
- でも、任せきりにはできない
この距離感が崩れたとき、
「入っているのに不安」「入っているのに苦しい」
という状態が生まれます。
一番危ないのは「見直していない人」
特に注意が必要なのが、
- 10年以上前に入った保険
- 勧められるまま加入した保険
- 内容を見返したことがない保険
です。
人生は変わります。
- 家族構成
- 収入
- 健康状態
- 働き方
それが変わっても、
保険だけが昔のまま。
このズレが、
静かにリスクを積み上げていきます。
安心するなら「理解した上で」
ここまで読んで、
じゃあ、保険は入らない方がいいのか
と思ったなら、それも違います。
大事なのは、
- 入っているかどうか
ではなく - 分かって入っているかどうか
です。
- 何をカバーして
- 何をカバーしないのか
これを言葉にできるなら、
その保険は「使える保険」です。
おわりに
保険に入って安心すること自体は、
決して悪いことではありません。
ただし、
安心した瞬間に考えるのをやめてしまうと危ない。
保険は、
人生を任せるものではなく、
人生を支える道具です。
道具は、
使い方を知ってこそ意味があります。
この文章が、
「安心したつもり」から
一歩だけ引いて考えるきっかけになれば、
それで十分です。
