年金は「損得」で考えるものではない、という不都合な真実
年金の話になると、必ず出てくる言葉があります。
それは――**「損か得か」**です。
払った額より少ない
元本割れしている
どう考えても損だ
こうした声は、年金制度を語る場ではもはや定番です。
しかし、最初に結論を言ってしまうと、年金を損得で評価しようとする時点で、議論はすでにズレています。
今日は、その「不都合な真実」について、整理してみたいと思います。
年金は「金融商品」ではない
まず押さえておくべきことは、年金は投資商品でも、貯蓄商品でもないという点です。
- 利回りが保証されているわけでもない
- 元本が約束されているわけでもない
- 自分で加入・脱退を自由に選べるわけでもない
それにもかかわらず、
「払った総額」と「もらった総額」を単純比較し、
投資の損得の物差しで評価してしまう人が非常に多い。
ここに、年金議論がいつも噛み合わなくなる原因があります。
年金の正体は「保険」です
年金の本質は、老齢に対する社会保険です。
つまり、
- 長生きしたとき
- 働けなくなったとき
- 貯蓄が尽きたとき
こうした**「もしも」に備える仕組み**です。
保険である以上、
- 早く亡くなれば「損した」と感じる人もいる
- 長生きすれば「得した」と感じる人もいる
これは避けられません。
火災保険に入って、
一生火事が起きなかった人が
「掛け金がもったいなかった」と言うでしょうか。
言わないはずです。
しかし年金になると、なぜか同じ理屈が通用しなくなります。
「元本割れ」という言葉の危うさ
年金について語るとき、
特に注意すべき言葉があります。
それが**「元本割れ」**です。
この言葉が危険なのは、
年金に“元本”という概念が存在しないからです。
- 保険料は積立金ではない
- 自分専用の口座に貯まっているわけではない
- 次の世代へも循環していく仕組み
にもかかわらず、「元本割れ」と言った瞬間、
議論は完全に投資脳に引きずられてしまいます。
制度を正しく理解しないまま、
感情的な不満だけが増幅されていく典型例です。
それでも「損だ」と感じる人がいる理由
では、なぜここまで「損だ」という感情が強くなるのか。
理由はシンプルです。
- 税や保険料は「取られる感覚」になりやすい
- 見返りがすぐに見えない
- 比較対象がSNSやネットの極端な事例
そしてもう一つ。
制度そのものが、あまりにも分かりにくい。
これは利用者の責任ではありません。
説明してきた側、伝えてきた側にも大きな問題があります。
年金は「納得して使う」しかない制度
年金制度は、
「気に入らないから使わない」
「損だから抜ける」
という選択ができません。
であれば、取るべき態度は一つです。
- 正しく知る
- 過度な期待をしない
- 自分の人生設計の一部として位置づける
年金だけで老後が完結する時代は、すでに終わっています。
しかし、年金が無意味になったわけではありません。
「損得」から一度、距離を置く
年金を損得で語ると、
必ずどこかで怒りや虚しさが生まれます。
だからこそ、一度こう考えてみてください。
年金は「自分の老後を100%守る制度」ではない
しかし「ゼロから自分で背負わされる制度」でもない
この中間にある、
不完全だが現実的な仕組み――
それが年金です。
納得できない部分があるのは当然です。
ただ、的外れな物差しで評価し続ける限り、
この制度は永遠に「理解不能なもの」のままでしょう。
おわりに
YouTubeでは、
どうしても「結論」や「結局どうなるか」を求められます。
ですが、年金のような制度は、
結論よりも、前提の整理が何より重要です。
今日はあえて、
「役に立つテクニック」ではなく、
「考え方の土台」を書いてみました。
年金の話が、
少しでも冷静に、建設的に語られるきっかけになれば幸いです。
