貯金があっても不安な人、貯金がなくても平気な人の差
お金の相談をしていると、
ときどき不思議な場面に出会います。
- しっかり貯金があるのに、常に不安な人
- ほとんど貯金がないのに、妙に落ち着いている人
金額だけを見れば、
不安になるべき人と、そうでない人は
逆のように見えることも少なくありません。
では、この差はどこから生まれるのか。
今日はその正体を整理してみます。
差①「お金を“量”で見ているか、“流れ”で見ているか」
まず、最も大きな違いはここです。
不安が消えない人
- 今、いくら持っているか
- 残高がどれくらいあるか
つまり、
お金を“量”として見ています。
平気な人
- どうやって入ってくるか
- どれくらいの期間、回るか
お金を“流れ”として見ています。
貯金が多くても、
「減る未来」しか想像できなければ不安は消えません。
一方、貯金が少なくても、
「回し方」が見えていれば、恐怖は小さくなります。
差②「不安の正体を言葉にできているか」
不安が強い人に話を聞くと、
こんな状態が多い。
なんとなく不安
将来が心配
でも、
- 何が
- いつ
- どのくらい
なのかを聞くと、
言葉にできない。
一方、平気な人は違います。
3年後に収入が落ちる可能性がある
その時はこの支出を減らす
不安がゼロなわけではありません。
ただ、形がはっきりしている。
形のない不安は、
どれだけ貯金があっても消えません。
差③「制度を“信用”ではなく“前提”として扱っている」
貯金があっても不安な人ほど、
こう考えがちです。
年金はあてにならない
制度はどうせ改悪される
一方で、平気な人は、
完璧じゃないけど
ない前提で生きるほどでもない
という距離感を持っています。
- 期待しすぎない
- でも、無視もしない
制度を
信じる/信じないではなく、
ある前提でどう組み込むか
として扱っているかどうか。
ここが大きな分かれ目です。
差④「最悪の想像で止まるか、次の一手まで考えるか」
不安が強い人は、
最悪のケースを想像するのが得意です。
- 病気
- 介護
- 収入減
- 孤立
ただし、
想像はそこで止まります。
一方、平気な人は、
もしそうなったら
何を削って
誰に頼って
どう立て直すか
まで、
一段先を考えています。
最悪を想像する力そのものは同じ。
違うのは、
「止まるか」「進むか」です。
差⑤「安心を“完成形”だと思っていない」
貯金があっても不安な人は、
どこかでこう思っています。
いつか、完全に安心できるはず
しかし、
そんな状態は来ません。
- 年齢が変われば不安も変わる
- 環境が変われば条件も変わる
平気な人は、
安心をこう捉えています。
不安はあるけど
今は回っている
安心を
状態ではなく
バランスとして見ている。
だから、
多少の不足があっても崩れにくい。
貯金は「不安を消す道具」ではない
ここで、
一つ大事なことを書いておきます。
貯金は大切です。
否定しません。
ただし、
貯金は
不安を完全に消す道具ではありません。
- 判断を先延ばしにできる
- 時間を買える
- 選択肢を残せる
それ以上でも、それ以下でもない。
不安の正体が別にある限り、
いくら積んでも、
心は落ち着きません。
平気な人は「お金を人生の一部」として見ている
貯金がなくても平気な人は、
お金を軽く見ているわけではありません。
むしろ逆です。
- お金で解決できること
- お金では解決できないこと
この線引きが、
はっきりしています。
だから、
お金にすべてを背負わせない。
結果として、
不安も必要以上に膨らまない。
おわりに
貯金があるかどうかで、
安心が決まるわけではありません。
決まるのは、
- お金をどう見ているか
- 不安をどう扱っているか
- 人生全体の中での位置づけ
です。
もし今、
貯金はあるのに、不安が消えない
と感じているなら、
それは失敗ではありません。
ただ、
見る場所が少しズレているだけです。
このnoteが、
「もっと貯めなきゃ」という焦りではなく、
不安の正体を見直すきっかけになれば幸いです。
