「老後が不安」と言う人ほど、老後を具体的に想像していない
お金の相談をしていると、
とてもよく聞く言葉があります。
老後が不安なんです
年齢や収入に関係なく、
この言葉は本当によく出てきます。
ただ、もう一歩踏み込んで話を聞くと、
ある共通点が見えてきます。
それは――
「老後が不安」と言う人ほど、
老後の生活を具体的に想像していない
ということです。
今日は、その理由を整理します。
「老後」という言葉が、すでに曖昧
まず、最初につまずきやすい点があります。
「老後」という言葉自体が、
非常に曖昧です。
- 何歳から?
- 何年続く?
- どんな生活?
これらが決まらないまま、
老後が不安
と言ってしまう。
これは、
地図を見ないまま
「遠くて不安」と言っている状態に近い。
不安が消えないのは、
当然です。
想像されているのは「生活」ではなく「事件」
老後不安を口にする人が
頭の中で思い浮かべているのは、
たいてい次のような場面です。
- 病気になる
- 介護が必要になる
- 年金が足りない
- お金が尽きる
つまり、
日常ではなく、非常事態です。
しかし、
老後の大半は、
- 何でもない日
- 普通の一日
- 特に事件の起きない時間
で構成されています。
この「何も起きていない時間」を
まったく想像しないまま、
不安だけを膨らませているケースが
とても多いのです。
数字だけで老後を考えようとする
老後不安が強い人ほど、
こんな言葉を使います。
- いくら必要ですか
- 年金はいくらですか
- 足りますか、足りませんか
もちろん、
数字は大切です。
ただし、
数字だけで老後を考えると、
必ず行き詰まります。
なぜなら、
- どんな生活をするのか
- 何にお金を使うのか
- 何を減らせるのか
が決まっていないからです。
生活が見えないままでは、
どんな数字も
「足りない気がする数字」
にしかなりません。
「不安」という言葉で、考えるのを止めている
少し厳しい言い方をすると、
「老後が不安」という言葉は、
思考停止の合言葉
になってしまうことがあります。
- 不安だから決められない
- 不安だから動けない
- 不安だから先送り
不安を口にした瞬間、
それ以上考えなくて済んでしまう。
本来、不安は
考え始めるためのサイン
であるはずなのに、
逆にフタをする言葉になっています。
具体化すると、不安は「別の形」になる
老後を少し具体的に想像してみると、
不安は消えませんが、形が変わります。
- 月にどれくらい使いそうか
- どこで暮らしていそうか
- 誰と、どれくらい人と関わるか
こうしたことを考えると、
何が一番不安なのか
が見えてきます。
不安が一つの塊から、
いくつかの小さな不安に分解される。
すると、
- これは制度でカバーできる
- これは貯金で調整できる
- これは割り切るしかない
と、対処の仕方も見えてきます。
老後は「特別な期間」ではない
多くの人が、
老後をこう捉えています。
人生の最後に訪れる、特別で怖い期間
でも実際には、
老後は
- 生活の延長
- ペースが変わるだけの時間
です。
いきなり別世界に
放り込まれるわけではありません。
この認識が抜け落ちていると、
想像は極端になり、
不安だけが先行します。
不安が強い人ほど、真面目なだけ
ここまで読んで、
自分は考えが足りないのか
と思ったなら、
それは違います。
老後不安が強い人は、
たいてい
- 責任感がある
- 先のことを考えようとしている
- 失敗を避けたい
そういう人です。
ただ、
考え方の向きが
「具体」ではなく
「漠然」に向いてしまっている。
それだけの違いです。
おわりに
「老後が不安」という感情は、
決して間違っていません。
ただ、そのまま放置すると、
ずっと同じ重さで
居座り続けます。
不安を消そうとする前に、
一度だけでいいので、
こう問い直してみてください。
自分は、
どんな一日を老後に過ごしていそうか
完璧に答えなくて構いません。
ぼんやりでいい。
それだけで、
老後不安は
少しだけ現実の形を持ち始めます。
このnoteが、
不安をなくすためではなく、
不安を考え直す入口になれば幸いです。
